CFD昔話−2 日本製スーパーコンピュータとの出会い (2021年3月記)

CFD昔話

1985年のことです.当時,航空宇宙技術研究所(現在のJAXA航空部門(調布))に勤め始めて1年くらい経った頃です.NASA Ames研究所から戻った後で,当時東大の大学院生で研修生として研究所に来ていた大林茂さん(現,東北大教授)とすでに圧縮性ナヴィエ・ストークス方程式を利用した数値計算を始めていました.ただ,航技研にあった大型計算機は当時、富士通M380,記憶が正しければ8MFLOPSと言われていました.当然メモリーも小さく,簡単な物体形状まわりの試行的計算に留まっていました.最初にやった計算は31x31x31 格子点数の計算です.何十回ジョブをつないで定常的な解を求めていました.あるとき,計算機センターの長であった三好甫さんから呼び出され,富士通(株)の工場に行って出荷前のベクトル型スーパーコンピュータ(VP400)を使って翼流れを計算しないかと言われました.大林さんの手法を組み込んだ3次元の圧縮性ナヴィエ・ストークス方程式を陰解法で解くプログラムはすでにありましたし,Ames研究所の経験からそのベクトル化もできていました.単純ではありますが,すでに翼形状も計算していたので,道具は揃っています.それから数ヶ月,社員が帰宅する時間を見計らって富士通中原工場に出向き,SEさんに手伝ってもらいながら,本格的な3次元翼の遷音速流れを計算しました.実は,この話は当時JADCが中心となって進めていた,YXXプロジェクト(ボーイングでは7J7プロジェクト)のためのシミュレーションで,...